こうかくろう黄鶴楼
昔人已乗白雲去
此地空余黄鶴楼
黄鶴一去不復返
白雲千載空悠悠
晴川歴歴漢陽樹
芳草萋萋鸚鵡洲
日暮郷関何処是
煙波江上使人愁
此地空余黄鶴楼
黄鶴一去不復返
白雲千載空悠悠
晴川歴歴漢陽樹
芳草萋萋鸚鵡洲
日暮郷関何処是
煙波江上使人愁
詩
※日本で一般に読まれている本文によります。
書き下し文
昔人 已に白雲に乗じて去り
此の地 空しく余す黄鶴楼
黄鶴 一たび去りて復た返らず
白雲 千載 空しく悠悠
晴川 歴歴たり漢陽の樹
芳草 萋萋たり鸚鵡洲
日暮 郷関 何れの処か是なる
煙波 江上 人をして愁へしむ
現代語訳
昔の仙人はすでに黄鶴に乗って去り、この地にはむなしく黄鶴楼だけが残る。黄鶴はひとたび去ってもう戻らず、白い雲だけが千年のあいだ悠々と漂う。晴れわたった川の向こうに漢陽の木々がはっきり見え、中州の鸚鵡洲にはかぐわしい春草が茂る。日が暮れて、故郷はどちらだろう——江上の煙波が、旅人の愁いを誘う。
原文と書き下し文の対照
昔人已乗白雲去 ― 昔人 已に白雲に乗じて去り
此地空余黄鶴楼 ― 此の地 空しく余す黄鶴楼
黄鶴一去不復返 ― 黄鶴 一たび去りて復た返らず
白雲千載空悠悠 ― 白雲 千載 空しく悠悠
晴川歴歴漢陽樹 ― 晴川 歴歴たり漢陽の樹
芳草萋萋鸚鵡洲 ― 芳草 萋萋たり鸚鵡洲
日暮郷関何処是 ― 日暮 郷関 何れの処か是なる
煙波江上使人愁 ― 煙波 江上 人をして愁へしむ
鑑賞
仙人伝説の悠久と、日暮れの旅愁。李白がこの詩を見て「目の前に景色があっても言葉にできない、崔顥の詩が上にある」と筆を置いたという逸話がありますが、これは後世の伝承です。
日本で親しまれる理由
「日暮郷関何処是、煙波江上使人愁」
語句
- 昔人
- 仙人(費禕・子安などの伝説)
- 歴歴
- はっきり見えるさま
- 萋萋
- 草が茂るさま
- 郷関
- 故郷
作者
崔顥の生涯と作品一覧は作者ページへ。
作られた背景
日本で読まれる『唐詩選』などは「乗白雲去」、中国の通行本は「乗黄鶴去」とすることが多い。